ヒトの腸内には100種以上、総数にして100兆を超える細菌(腸内細菌と総称します) が生息しています。もともと日本では、善玉菌や悪玉菌という言葉が一般化しているように腸内細菌に気を配る傾向がありましたが、それは経験的なものが大き かったと思います。
しかしながら最近になって、腸内細菌が宿主(ヒトやマウスなど)に与える影響について科学的なメスが入るようになってきており、肥満や 炎症制御、あるいは行動にまで関わっていることが分子レベルで明らかとなってきました。腸内細菌と宿主との関係は、世界的に大きな研究分野へと発達してき ています。
では、何が宿主と腸内細菌の“共生”を成立させているのでしょうか。私達は、“宿主が産生し腸内細菌の生理機能に影響を与える化合物”および “腸内細菌が産生し宿主の生理機能に影響を与える化合物”を「シンビオジェニック因子*」と命名し、この定義にあてはまる化合物をもとにして、宿主と腸内 細菌の共生関係を明らかにしていこうと考えています。また、その結果をもとにして、より良い共生関係を築くための方法論を開発したいと考えています。

*シンビオジェニック因子の定義:宿主または腸内細菌が産生する低分子化合物で,分類学上の界を越えて,お互いの生理機能に影響を与える因子
 
     
   
  私たちが注目している「シンビオジェニック因子」のひとつが、ヒトの母乳の中に含まれているオリゴ糖、human milk oligo saccharides(HMOs)です。
HMOsは母乳中で3番目に多い固形成分です。しかし、ヒトの消化酵素はHMOsを分解することができないため、乳児はHMOsを直接自身の栄養にすることはできません。
それにも関わらず、なぜ母親は大量のHMOsを乳腺で作り、乳児に与えているのでしょうか。その答えがまさに「ヒトとビフィズス菌の共生」であると考えています。
母乳で育てられた乳児の腸内では、生後すぐにビフィズス菌が増え始め、99%にまで達します。この大きな変化は、母乳の中には“ビフィズス菌を育てる因子”が含まれていることを強く示唆しており、その正体がHMOsであると考えられています。前述した通り、乳児はHMOsを分解できませんが、ビフィズス菌はHMOsを菌体内に取り込むトランスポーターや、分解する特殊な酵素を持っているのです。
このビフィズス菌の優先は、消化を助ける、有害菌の感染を防ぐ、免疫獲得に寄与する、といった様々な面で乳児の健康を守っています。
また、ビフィズス菌が最優先種になるのは、今のところヒトだけでみられる特徴です。このことから、HMOsはビフィズス菌とヒトの共生と共進化の鍵となる重要な「シンビオジェニック因子」であると考えられます。
 
     
   
  HMOsの構造は、これまで100種類以上が明らかにされています。
特徴的な構造のひとつが、Galβ1-3GlcNAc構造=Lacto-N-biose I 構造です。この構造を持つHMOsはType Iオリゴ糖と呼ばれます。
母乳の中にType Iオリゴ糖が最も多く含まれるのも、ヒトだけに見られる特徴で、主要4成分のうち3つ(Lacto-N-tetraose、Lacto-N-fucopentaose I、lacto-N-difucohexaose I)がType Iオリゴ糖です。
ビフィズス菌はこのType Iオリゴ糖により非常によく生育しますが、属により異なる経路で資化されることが明らかとなっています。例えば、B. bifidumは、細胞外分泌酵素によりLacto-N-biose Iを切り出し、それを菌体内に取り込みます。一方、B. longum subs. infantisは、HMOsを丸ごと菌体内に取り込み、菌体内酵素によって分解します。このように、同じビフィズス菌であっても、異なる戦略によってHMOsを利用しているわけです。
私たちは、HMOs利用に関係するビフィズス菌のトランスポーターや酵素に注目し、その同定、性質解析、応用利用などを行ってきました。しかし、まだ明らかにされていないトランスポーター・酵素も多数残されています。これからの研究でそれらを突き止め、ビフィズス菌によるHMOs資化の全貌を明らかにしたいと考えています。
 
     
   
 

これまでは、HMOs資化に関するビフィズス菌側の遺伝子、酵素、資化経路、に注目した研究を主に行ってきました。現在は、研究フィールドをホスト(ヒト)側にさらに広げており、界を超えた双方向のコミュニケーションを支える「シンビオジェニック因子」に注目していきたいと考えています。
①微生物学における代謝経路の研究(遺伝子、酵素学から) :腸内細菌
②培養細胞、マウス等を用いた研究 :ホスト
③新規機能分子の探索 :シンビオジェニック因子
④機能分子の高効率生成手法の樹立 :応用
この4つの軸に基づき、「ホストーシンビオジェニック因子ー腸内細菌」の一連の繋がりから、ヒトの健康増進に資することが最終目標です

 


 

 京都大学大学院 生命科学研究科 統合生命科学専攻 応用生物機構学講座 分子応答機構学分野 片山グループ 

 Katayama group. Laboratory of Molecular Biology and Bioresponse, Graduate School of Biostudies, Kyoto University